生い立ち

『わたしは絶対大物になる』

という根拠の無いただの自信だけ持って生まれてきた。

 

ーーーーー

 

いつも1番になりたいと思っていた

いつも人と比べていた

いつも総てを自分のものにしたかったし

いつも人が羨ましかった

いつも人に嫉妬していた

 

物心ついたころにはこんな黒い感情だらけだった

 

『劣等感』の塊だった。

 

とにかく1番になりたくて、

注目されたくて

 

いろんなことをやった

(あれでもない、これでもない。。。)

 

そんな中で詐欺にもあった

 

嫌なこともたくさんあった

 

いろんな面でどん底だった。

 

うまくいかない。。。

うまくいってる人とうまくいかない自分の

違いを疑問に感じながらも

 

『答え』がわからない

 

だからいろんな人と会って話を聞いた

魅力的な話はたくさんあった

実際にやってみたりもした

 

だけど『答え』はわからなかった

そんな時に一人の経営者と出会った。

 

同い年なのに知識のレベルがまるで違った

『本当に同い年なのか?』

と思うくらい知識も経験も豊富で、

おもしろくて魅力的。

 

いろんな経営者に会ったり

セミナーに行ったりした。

そんな中でやっと見つけた

 

『この人について行こう!』

 

それから本当の意味での1歩を踏み出し

着実に“学び”と“成長”をしている。

 

知識を学ぶのは本当に楽しい。

 

知識こそ最強の武器であり財産。

 

もっともっと学んで成長していきたい。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

初めまして、山田由真です★

とにかく劣等感の塊でした。

だけど今は「心を幸せに」
生きることができている。

 

自分中心の思考から
相手中心の思考になった。

 

自分という人間を受け入れて
好きになることができている。

 

そんな私ができるまでのおはなし。

 

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生まれて初めて芽生えた欲求
=============

 

12月17日。
熊本県で未熟児として
田舎町の自営業を営む
3人兄妹の末っ子として
この世に生を受けました。

 

 

生まれてすぐに
ssssっていうかっこいい名前の
病気にかかって

あと1日遅かったら
この世にいなかったらしい。

 

それで末っ子ということもあり
甘やかされて育ちました。

 

祖父母も両親も兄も姉も甘々だった

 

いわゆる箱入り娘ってやつ。

 

いつも守られていた。

 

だけど自分の心が満たされてると
感じたことはなかった。

守られていたけど孤独を感じていた

 

なんでかというと
自分を認めてもらったことがなかったから

 

『由真にはできないよ』
『向いてない』

 

そんなことをいつも親に言われていた。

 

『由真ちゃんはいつもニコニコ笑って
悩みなさそうでよかね〜』

(って保育園児に普通言わないよね)

 

そんなことを近所のおばちゃんに言われていた。

 

初めての万引きは5歳の時。

買ってもらえないこともなかったけど
幼いながらに何か気づいてほしかったんだ。

 

一人の人間として
認めてもらいたかったんだ。

 

”自己承認欲求”というものが生まれた

 

============
人の目を気にするように
なり出した小学校低学年。
============

 

それから小学生にあがり、
普通の生活を送っていた。

 

内気だけど明るい女の子だった。

 

低学年のころは給食を食べるのが遅く
私の小学校では給食は
残しちゃいけないルールだったので
昼休みは給食を食べてたら
終わっていたりした

 

食べるのが早いみんなが羨ましかった。
はやく食べ終わってみんなと外で遊びたい。

 

いつもそう思っていた。

 

だから早く食べれるように頑張った。
そしたら今ではよく食べるし
食べるのも早い。

 

少し鍛えすぎたかもしれないw

 

そして、小学2年生の時に
親戚のおばあちゃんが亡くなった。

 

みんな泣いていた。
8歳の私でもその尊さは理解できた。

 

「もう会えないんだな」

「命」の尊さについて感じた。

「命」「時間」は有限なんだ。。

 

3年生ごろになると
自然とグループが分かれてくる。

 

正直グループなんてどうでもよかった。

 

「誰と仲良くしても別にいいじゃん」

と思っていた。

 

だけどそうもいかないのが小学生の女の子。

 

いじめられることもあった。

 

わたしは何もした覚えなんてなかった。
むしろそんなに話したこともない子に
悪口を言われたりもした。

 

『由真ちゃんって男好きだよね』

『由真ちゃんってうざくない?』

『みんなで由真ちゃんのこと無視しようよ』

 

「別にクラスメイトや友達と話して何が悪い」

 

って感じていた。

 

その時はわからなかったけど
今思うとその子は私のことが
羨ましかったのかと思う。

 

いつも笑ってたし、
幸せそうにしていたし
友達も多かったし
人に囲まれていたから

 

でもいじめにあうのは
とっても悲しいし苦しかった

友達はたくさんいたけど
自分の悪口を聞いたり
無視されるのはやはり
嫌だと思っていた。

 

だけどそれでも気にせずに
楽しく生活はしていた。

 

けど、その頃から
周りの目を気にするようになっていた。

 

==============
少しずつ変化していった自分
==============

 

小学校5年生の時に、
朝から学校に行こうとした時
とても具合が悪く病院に行くことに。

 

そこで一生付き合っていかなければ
ならない、一生治らない病気に
かかってしまった。

 

その時はよくわからなかったが
特定難病疾患に定められる病気。

 

それから入院することになり
学校に行けなくなり
毎日病室にいるという生活になった。

 

何かよくわからないけどショックで
単純に「どうしよう」って思った。

 

病院は小児科だったから
周りには同年代の子供が
入院してたし、小さい子もいたから
遊んだり面倒みたりして
普通に楽しかった。

 

友達や先生、家族。
お見舞いには来てくれるけど
学校に行けないということ
友達に毎日会えないということ
自分だけなんで病気なのか

 

「どうして病気はわたしを選んだの?」

 

そしてまたいつ入院することに
なるかわからないという恐怖。

 

その頃から自分がいると
迷惑がかかるんだということを
感じるようになっていた。

 

その時聞いてしまった
親の言葉は今でも忘れられない。

 

疲れていたのかもしれないけど
小学5年生の子供からしたら
悲しかった。

 

自分の存在意義や人生について
考えるようになった。

 

自分は必要のない人間なんじゃないか。
将来病気して働けなくなったら
どうやって生きていったらいいんだろう。
将来結婚したら旦那さんに迷惑を
かけてしまうのではないか?

 

その時のために自分は
自分でお金を生み出せるように
なっておかなければならない。

 

そんなことを考えながら
病院生活を送り、
退院することになった。

 

退院して少しずつ付き合う友達が変わった。

 

「病気をした由真ちゃん=弱い」

 

そう思われるのが嫌で
目立つグループに身を置くようにした。

 

いじめもそうだけど、

「弱いと思われたら負けだ。」

その時はそう思っていた。

 

目立つグループに身を置くことで
自分を強く見せようと装った。

 

それから本当に
自分も変わっていった。

 

自分が人の悪口を言うようになり
万引きもしたし、
友達のもの取ったりもした。

壁に落書きをして怒られたり
別件で反省文も書いたり
呼び出されたり。

 

人として最悪な人間になった。
人の嫌がることも平気でしてた。

 

「自分さえよければ
あとはどうでもいい。」

 

そう思っていたし、

全部”遊び”感覚だった。

 

表面上は幸せなフリ、
強いフリ楽しいフリ。

 

誰にも負けたくなかったし
1番で居たかったから。

 

==============
奥底に眠る欲求、感情、自分
==============

 

中学生になり、
兄と姉の影響もあり
テニス部に入った。

 

テニス部は結構人気で
部員も多かった。

 

群れれば群れるほど
いじめは生まれる。

 

部員が多いから
部内で標的にされれば
学校生活でも標的になる。

 

その頃のいじめはどんんどん
標的が回っていく。

 

あの子の次はあの子。その次はあの子。。

(ビジネスでいうとテーマに

アンチとジンが出てくる感じかなw)

 

次から次へと違う子の悪口になる。

 

もちろん私も標的になったことがある。

 

シカトなんて当たり前。
靴を隠されるのも当たり前。
机に落書きされてることもあるし
教科書が捨てられてることもあった。
体育館シューズがなくなったり
悪口も言われるしで、もう最悪。

 

「女子ってなんでこんななの?」

「女子なんて嫌い。」

「男に生まれたかった」

 

「人なんて嫌い。」

「人って面倒くさい」

「どんなに大切に想っても
結局みんな裏切るんでしょ。」

 

今まで仲良くしてても
次の日には手のひら返し。

 

好きな人の相談してたら
いつの間にかに
友達が好きな人と付き合ってたり。

 

「何で言ってくれなかったんだろう?」

 

そんな友達たちに
価値も感じなくなった。

 

テニス部をやめて、
また一緒にいる友達が
自然と変わっていった。

 

そもそも

「私は群れるのが好きじゃない」

ということに気づいた。

 

少人数でいい。
本当に信じれる人だけ
いてくれればいい。

 

そんな時に仲良くなった友達がいる。

 

その子は損得とか関係なく
みんなと平等に付き合う子。
人の悪口も言わないし面白い。
一緒にいて楽しいし
素の自分でいれる。

 

「別の自分を作らなくてもいいんだ」

 

それからはずっと二人でいた。
授業もほぼ一緒に受けたし
移動も一緒。
趣味も似てたしとにかく
毎日笑って過ごすことができた。

 

今でも大好きな親友だ。

 

また、親友といない時は
一人で黙々と自分の好きなことに
没頭していた。

 

昔から手先は器用だったし
芸術が好きだった。
音楽聞いたり、
綺麗な景色を見たり
写真を撮ったり絵を描いたり。

 

手芸したり、図画工作が
大好きだった。

 

それをしている時は
時間も忘れるくらい没頭していた。

 

勉強しているとき
雑誌読んでいるとき
そんな時間も好きだった。

 

個人で成り立つことを
しているときが楽しいと感じた。

”誰にも縛られることなく
自分の好きなことに没頭する”

これっていいなって感じた。

 

病気のこともあったし
いじめのこともあったし
個人で稼いでいけるようになりたい。

 

そんなことを思ってたし
ファッションが好きだったし
目立ったり人気者になりたいなって
有名になってちやほやされたいな〜
モデルになりたいな〜って
ぼやっと思うようになっていた。

 

そんなときに友達と市内で
遊んでいるときに
モデル事務所にスカウトされ、
それをキッカケにモデル活動を
することにした。

 

しかしそれを快く思わない子は
たくさんいた。

 

人気者になりたくて
有名になりたくて
モデル始めたけど嫌われることも
陰口言われることもあった。

 

その時の私にそれはもう耐えれず
一旦モデルは諦め普通の中学生に戻った。

 

そんな時に
友達のお父さんが亡くなった。

 

その友達は小学生から部活が同じで
部活でそのお父さんとも
接する機会が多かったし
とても優しいお父さんだった。

 

そのお父さんは殉職だった。

 

その時親から言われた言葉が
また私の心を少し黒くさせた。

(だからといって
親が嫌いとかではないよ)

 

それからしばらくは
悪いことをすることはなかった。

 

だけどどんどん自分が嫌いになった。

 

いつだって逃げてきた自分が嫌い。
自分より優れている子がいると比べ、
自分はダメな人間だと思うようになった。

 

人よりも優れていたい
できる自分でありたい
自分は何もできない人間なんだ

 

劣等感が強くなり、
自分が嫌いになった。

 

そんな中で勉強は頑張っていた。
勉強して友達がわからないところを
教えて理解してもらうのが
楽しいと感じるようになった。

 

そして単純に知識が増えるのは嬉しかった。

 

成績がいいと親も喜んでくれるし認めてくれる。

 

先生からも褒められるし
先生からも気に入られる。
だから勉強は頑張っていた。

 

目に見て数字で現れる自分の成績。
それを見て喜ぶ親、気に入る先生
(もちろん授業態度も良かったけどね)

 

結果が全ての世の中なんだなと
思うようになった。

 

それにより、
より一層劣等感は強まり人と比べ
負けたくないという気持ちが強くなり
負けず嫌いな自分が完成された。

 

高校は親と姉貴が行ってた高校を受験。
成績も内申点も良かったので
2月の時点で進学先は決定。

 

だからそれからは毎日親友と遊んでた。

 

帰り道に毎日親友の家に行って
ゲームしたり話したり寝たりw
そんな何気ない毎日が楽しかった。

 

その時に初めて『携帯電話』を
手にしてインターネットが
自由に使えることに感動した。

 

その時は「パケホーダイ」で
インターネット使い放題!

動画も見れるし、
情報の検索もできるし
好きな音楽もダウンロードできるし

 

「なにこれまじ最高!」

 

率直な感想だった。

 

 

兄貴や姉貴が持ってて
ずっと自分も欲しいと思ってた
「携帯電話」が持てたことが
まずとても嬉しかった。

 

そんなこんなで
中学を卒業。

なんだかんだで友達と
離れ離れになるのが寂しかった。

 

卒業式は号泣してたw

 

「なんだ、やっぱ人好きなんじゃん」

 

中学で発見した自分は多かった。

 

・目立ちたい
・人気者になりたい
・有名になりたい
・ちやほやされたい

 

・劣等感
・負けず嫌い

 

・群れるの嫌い
・信じる仲間はとことん好き
・自分を嫌う人はまじで嫌い
・裏切り者は嫌い
・でもやっぱり人が好き

 

・勉強好き
・人に教えるの好き

 

・インターネットすごい
・携帯電話すごい

 

・好きなことに没頭するの好き
・親友大好き

 

そんな自分を発見した。

 

==============
冷めた自分から暖かい自分へ。
自分に価値が生まれた瞬間。
==============

 

高校に入学して、
最初のころはほとんど学校に
行っていなかった。

 

だからほぼ赤点。
むしろ全部赤点のレベル。

(もう学校辞めよう。)

そう思った。

 

 

学校に行く意味を見出せなかったし
楽しくもなかった。

 

学校の授業にも
魅力を感じなかったし
親友もいないし
先生の悪口言ったり
人の悪口言ったり
なんだか幼稚な
女子も男子も見てて
つまらないと感じた。

 

だからなのか
やはりシカトされたりした

 

でももうどうでもよかった。

(こいつらのために
生きてるんじゃないし)

ただ最初少し行っただけだけど
先生にだけは好かれてたかな。

 

それにしても
楽しくないしな〜。。。

 

『お母さん、
わたし学校辞めたい。
兄貴のいる大阪行きたい』

 

『少し気づいてたよ』

(親は何でもお見通しなのかな)

 

その時は親も真剣に考えてた。
高校の転校は案外大変なんだな。

 

わたしのせいで
親に離婚まで
させてしまうところだった。

 

とっても反省。

 

それから夏休みは補修を受けて
2学期からはちゃんと行こうと思い通った。

 

嫌だったし苦痛だった。
授業受けないこともあったし
途中で帰ることもあった。
行ったフリして行かないこともあった

 

だけど決めたから
それからはちゃんと勉強した。

 

そんなに頭のいい学校ではなかったし
真面目に授業も聞いて勉強してた。
だから常に順位は1,2位どちらかだった。

 

先生にも気に入ってもらえてたから
内定もよかった。

 

普通に平凡な日々を過ごしていた。

 

仲良い友達もできたし
特別楽しいわけではなかったけど
それなりに楽しかったかな。

 

高校2年の冬、
また入院することになった。

 

(あ〜入院ってつまらんな)
(学校もつまらんけど)
(生きるってこんなにつまらないものなのか)
(迷惑もかけるし自分って必要なのかな)
(むしろいらない人間なんじゃないかな)
(まじで自分で稼げるようにならないと)
(これじゃ結婚もできないじゃん)
(いつ死ぬかもわからんし)

 

そんなことを思いながら生活し
退院してからはネットでビジネスについて
調べたりするようになっていた。

 

入院したのは春休みだった。
春休み明けて3年になり

 

とりあえずブログでも書いてみようかな。
って思ってとりあえずブログ書いてみた。

 

その時はやっていたのが
・croozブログ
・デコログ
・HP

 

HPは高校になった頃から
仲良い友達と自分たちのHPを
携帯で作っていた。

 

それが結構楽しくて
モバイルスペースで作る
HP作成が一番流行ってて楽しかった。

 

”自分でデザインしてHPを作れる”

 

っていうのが嬉しかった。

 

自分のイメージを形にできる
ということが嬉しかったし
友達からも評判が良かった。

 

それからHPのデザインを
考えてあげたり作ってあげたり
そんなことでお菓子もらったり
ジュースおごってもらったり。

 

そんなに大したことではないけど
”自分の好きなことで何かを得る”
というのが嬉しかったし楽しかった。

 

そんなこんなで
いつの間にか友達にも囲まれてた。

 

実家が自営業ということもあり
家の手伝いをしたらお金がもらえた。
だから初めてお金を自分で稼いだのは
保育園の時で、働いたら
お金がもらえるんだと認識はしてた。

 

「だけど人に雇われなくても
自分で稼げるようになりたい」

 

そんなことを考えながら
高校生活を送っていた。

 

そうなると

”インターネット”だな。
って直感で思った。

 

その頃姉貴が
ネットオークションで
買い物をするように
なっていて

 

教えてもらって
私もネットで買い物を
するようになった。

 

その時は
・ヤフオク
・ガルオク
・zozo
・amazon

をよく見ていた。

 

安いし購入したら
配送されてくるし

 

「便利な世の中だな」
「インターネット最強」

 

これを

「利用しない手はない」

それからは
自分もいらないものを
オークションに
出品したりした。

 

そんなに莫大な収益が
出たわけではないけど

 

「面白い」

 

『自由に生きたい』と
思っていた自分にとっては

 

携帯電話があれば、
インターネットさえ使えれば
稼ぐことができる。

 

ということが魅力的だった。

 

そんなことをして、

 

応援団もしたし
ある程度青春もして

 

先輩からも可愛がられて
親友と呼べる友達もできて
後輩もできて、
他校にも沢山友達できて

 

最終的には楽しい
高校生活を謳歌できた。

 

・自分の好きなことで
お金を生み出すことができる

 

・不要になったものでも
インターネットを使えば
再利用できてお金を
作ることができる

 

そんなことを学んだ
高校生活だった。

 

学校の授業で学んだことは
正直今1ミクロンも
思い出すことができないw

 

しかし卒業する時は
やはり号泣した。

 

友達と離れるのさみしい。

 

やっぱり友達大好きだ。

 

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人生の選択。
======

 

高校卒業して大学生になった。
バイトを始めたわけだが

 

”雇われる”という概念が
自分の中でなかったのもあるし

 

デブなおばさんから
業務の指示されるのが嫌。

 

愚痴聞くのも嫌だ。

 

好きでもない人たちと
業務が終わった後に
雑談するのが苦痛。
(帰宅するのも遅くなるし)

 

そんなこんなで
バイトしてたけど
辞めたいあまりに

 

生まれて初めての
”詐欺”にあった。

 

バイト代は丸々消えて
質素な夏休みを送った。w

 

「何かないかな〜」
「面白いことないかな」

 

大学になっても面白くない。

 

とりあえず授業は受けてたし
成績もよかったし
教授にも先輩にも友達にも
恵まれていたけど、

 

「日本の学校教育はつまらん」

 

率直な感想だった。

 

そんなことを感じながら
敷かれたレールを淡々と進んでた。

 

その頃には
モデルになりたいということも
もう忘れかけていた。

 

だけどそんなとき
よくいくショップの
店長さんと話していて、

 

『由真ちゃんモデルとかならないの?』

 

『ん~興味はあるけどもういいかなって思う』

 

『今度ガールズコレクション
あるみたいだから出てみたら?』

 

(出るだけ出てみるか!)

 

そう思って出場した。

 

九州のガールズコレクション
だったんだけど、
応募者も多くて
ダメ元で出てみたけど
グランプリをとることができた。

 

それから事務所に
所属することになり

 

毎週ウォーキングのレッスン
ショーに出たりしていた。

 

しばらくモデルをして
モデルをしながら
DJにも興味が湧いた。

 

音楽は昔から好きだったし
クラブミュージックが
好きだった。

 

その時の友達の影響もあるが
クラブにもよく
遊びに行くようになった。

 

DJも先輩から教わるようになり
練習が楽しかった。

 

今までと違う友達も増えて
毎日友だちんちに入り浸り。

 

それ以外はDJの練習かバイト
モデルのウォーキングレッスン。

 

その頃になると大学は
ほとんど行かなくなっていた。

 

DJの練習かクラブ、バイト
レッスン、お酒!オール。

 

そんな日々が続いていた。

そんなとき事務所に

『夜遊びはしちゃダメ』

『髪の毛も切っちゃダメ』

『眉毛も細すぎるから一旦剃るのやめて』

 

DJのが楽しくなっていたし
悩んだ挙句DJを選んだ。

・自分の好きなことを選ぶ。
・ワクワクする方を選ぶ。

それは私の人生のモットーだ。

 

それからは大学行っても
授業受けなかったり
中庭で遊んでいたりした。

 

家出して知り合いのツテで
勝手に県外に
家を借りたりもした。

 

家出も何回したかわからない。

 

友達と東京の
タワーマンションかりたり
タワーマンションで
パーティしたり
とにかくハチャメチャだった。

 

ドラ娘。

 

そんな風にしてたら
ありもしない噂が
流れたりもしてた。

 

心配してくれた友達から
連絡が来たりした。

 

「由真、
変な噂流れてるけど大丈夫?」

 

「何?どんな噂?」

 

「”由真は話しただけで
誰とでもやるらしいよ”
っていう噂が流れてるよ」

 

(そんなわけあるかよw)
(そもそも彼氏おるし)

 

「私も彼氏から
聞いたんだけど
彼氏も由真は
そんな子じゃないからって
心配してたから」

 

『そうなんだ、ありがとう!
彼氏は誰から聞いたと?』

 

「街でよく遊んでる友達から
聞いたみたいだよ」

 

『え、全くわからんw』

 

別の友達からも連絡来て

 

「お前変な噂聞いたけど大丈夫?」

 

『え、何?私が話しただけで
誰とでもやるっていうやつ?』

 

「そうそう、それ聞いたけど
お前そういうやつじゃないけん
大丈夫かなと思って」

 

『誰から聞いたと?』

 

「元カノから聞いたよ」

 

『マジか。』

 

「大丈夫?」

 

『大丈夫だよ。ありがとう』

 

(またか。)

 

その元カノは友達だった。

 

人間は「嘘つき」。
人間は「裏切る」。

 

だけどそうやって
心配してくれる
友達がいるのも事実。

 

心配してくれて
信じてくれる友達が
いるということは
素直に嬉しかった。

 

信じてくれる友達が
いるからそれで十分だ。

 

その元カノとは
それから距離を置いた。

 

そんな時に高校からの友達が
交通事故で亡くなった。

 

信じられなかった。

 

昨日まで元気だった
高校時代は一緒に
課外授業を受けてた
隣のクラスだったけど
仲良くてそんな友達が
若くして亡くなった。

 

最終的に大学は中退。

 

いつ死ぬかも
いつまた入院するかも
いつ誰に裏切られるかも
わからない。

 

好きな友達とだけつるんだ。
好きなことだけをして生きた。

 

そして、
『なにか掴むなら東京だろ!』
『自分はビッグになる!』

 

漠然とそんな思いを持って上京。

 

だけど、
『絶対に何かつかむまでは
実家には帰らない』

 

という想いを胸に抱えていた。

 

=========
ビジネスとの出会い
=========

 

キャリーバッグ1つで
出てきて家なき子。

 

家が決まるまでとりあえず
友達にお世話になることに。

 

家が決まり
DJやモデル活動しながら
フリーに生きていた。
ほぼニート。

 

そんなとき家出した時に
東京で仲良くなった友達と再会。

 

それが初めての
「ビジネス」との出会い。

 

とりあえず行動だけはたくさんした。

 

なのに全然うまくいかない。

 

ビジネスで成功したいのに
ビジネスのことを
教えてくれる人もいない

 

ビジネスの進め方もわからん。
何をどうしたらいいんだ。

 

時間もなくなる、
お金もなくなる。

 

全然ダメ。

 

そして生活ができなくなり
”会社員”をすることに。

 

そしてビジネスを伝えてくれた
その友達は詐欺師として
捕まることになった。

 

知らなかった。

 

わたしは騙されたことは
無かったが
単純に悲しかった。

 

そんなこんなで、

 

しばらくビジネスから離れて
普通の生活を送ることになる。

 

まず大手Pメーカーで働いた。
職場環境は良好。
上司も同僚も好きだった。

 

最初はすぐ辞めるだろうな〜
くらいで入ったけど
なんだかんだ楽しく働いて
1年ちょい経過していた。

 

そんなある日から、
上司が来なくなった。

 

(なんでこないんだろう〜)
(つまらないな〜)
(みんなでコーヒーじゃんけんしたいな)
(スポーツ観戦でみんなで賭けたいな)

 

なんて思いながら上司が来るのを
待っていたけど、
上司が来ることは無かった。

 

そう、
上司は『解雇』されていた。

 

尊敬する上司をなくし、
職場が楽しくなくなった。

 

本部の人数は10人くらいだった。
休憩でみんなで雑談するのが
楽しかった。

 

まるでサザエさんの家族
みたいな感じだった。

 

もちろんみんな好きだったけど、
モチベーションが上がらなかった。

 

当然上司も変わり、
40人の一斉異動もあった。

 

監査、監査、監査、、
監査がたくさんくる日々。

 

だんだんストレスが
溜まっていった。

 

そしてあまり
ご飯を食べれなくなった。

 

基本は豆乳だけ。
毎日豆乳だけで生活してた。

 

どんどん痩せていった。

 

人と会ったり話すのも
嫌だと思った。

 

仕事も行きたくない。

 

だけど仕事だし
とりあえず我慢して行った。

 

年末帰省し福岡の友達と
パーティしている時に倒れた。

 

次の日ふらふらだったが
どうにか運転し
実家まで辿り着いた。

 

(死ぬかもしれない)

 

本気でそう思った。

 

『病院いくよ!』

 

って親に言われたけど
行きたくなかった。

 

「嫌だ!」と私も一点張り。

 

だけど夜中に
40.9度の熱がでて
仕方なく搬送。。。

 

案の定
入院することになった。

 

持病の再燃だった。

 

本当に嫌だった。

 

24時間ずーっと
点滴をしてるのも嫌だったし
検査も嫌だった。
注射も嫌。

ずっと病室にいるのも嫌だったし
隣の人のいびきも嫌だった。
嫌なことだらけだった。

 

とにかく苦痛だったし
働けない恐怖と
今後の不安で頭がいっぱい。

 

小学生、高校の時とは
比べ物にならないくらい

 

「働けない」
「稼ぐことができない」

 

というのを「リアル」に感じた。

 

(どうして私だけ?)

 

そう思っていた。

 

お見舞いに来てくれたり
するのは嬉しかった。

 

退院して、
職場に戻った。

 

窮屈に感じた。
以前の上司みたいに
慕うことができなかった。

 

新しい上司は
平気で社員の悪口を言う。
みんなのことを悪く言う。

 

「自分はどうなの?」

「まとめることが
できてないのは部長じゃん」

 

本当に
どうでも良くなった。

 

職場に価値も感じないし
そもそも私は会社員に
なるために東京に
来たんじゃない

 

10年働いてる先輩は好きだが
私はこの人みたいな
生き方をしたいんじゃない。

 

社会人なのに
金髪にもした。

 

引き続きご飯が
食べれなかった。

 

「拒食症」

 

食べるのが怖かったし
食べて太るのも嫌。

ご飯食べてるところを
人に見られるのも嫌。

 

その時の体重は
174cmで42キロという
まさに拒食症だった。
そんな感じだった。

(今となっては普通に
よく食べるけどw)

 

まあ、会社からしたら

 

『外れ者』

 

そんな感じだろう。

 

「新しい上司になって
ちゃんとできてないってなると
部長の評価が下がるでしょ?

 

だからちゃんとして。
黒に戻してきて。」

 

そんなことを言われてた。
(私もガキだったなw)

 

尊敬できる人がいない
というのは意味がなくて
もうそこにいる価値がない

 

付いて行きたい人がいないのは
生きてる意味もないことと
同等だった。

 

退職を決意。

 

『何かないかな。』
『テレビ好き!』
『テレビ局の裏側知りたい』
『どんななってんだろう?』

 

そんな軽い気持ちで
テレビ局で勤務することに。

 

生まれて初めての
アシスタントディレクター。

 

番組制作とは
どんなものなんだ?

 

ウキウキワクワクな私。

しかし
かなりキツかった。
しんどかった。

 

ロケ収録ロケ。。。
バラエティー番組って
しんどいな。

 

でも楽しかった。
いままで見たことない
世界を知るのは
面白かったしワクワクした。

 

芸能人が目の前にいるのも
普通だと感じたし

 

ロケ弁は美味しかった。

 

DやAP、Pにも気に入られ、
かわいがってもらえた。

 

制作意外の部署の部長なども
かわいがってくれた。

 

しかし
やはり制作現場はきつく

 

『どうしてそんなのもできないの』
『レッドブル買ってきて』
『コンビニ行ってきて』
『コーヒーは?』

 

それがADの仕事だから
それを言われるのはいいけど
責任感のないチーフが
嫌いだった。

 

自分の仕事を全部丸投げ。
責任まで丸投げ。

 

もちろんの事
その人を慕うことはできず
現場を離れることにした。

 

それから制作を離れ
テレビ局の内勤をすることに。

 

勤務して、

 

(あ、ダメだ。辞めたい。)

 

初日の率直な感想。

 

・暗い
・活気がない
・清潔感がない

 

もちろん、尊敬できるひともいた。

 

だけど私のついてる人が最悪だった。

 

(こいつに使われるのやだ)

 

(こいつに使われるくらいなら
ニートのほうが100倍マシだ)

 

そう思った。

 

それから3年ぶりに
もう一度ビジネスの世界へ
戻ることになる。

 

しかしそこで詐欺にあい
300万以上を失う。

 

1回で学べよって感じだが、
無知だったし信頼していたし
稼ぎたい気持ちが強かった。
だから騙されてしまった。

 

(ちゃんと知識を身につけないと
東京では潰されるんだ。)

 

いろんな人と会い始めた。

 

いろんな組織があった。

 

どれもちゃんとすれば
稼げるビジネスモデルだった。

 

実際に参入してみたりもした。

 

コンサルやビジネスマン、
リーダーに経営者、
たくさんあった。
胡散臭い人怪しい人たくさんいた。

 

セミナーにも足を運んだ。
学べることは結構あったが、
わからない。

 

本も結構読んだ。

 

『分かりそうだけど、
よく分からない』

 

まさにこんな感じ。

 

MLM、
アフィリエイト、
転売、
物販、
いろいろやってみた。

 

しかし、うまくいかない。

 

ちゃんと収益をあげるのは

『難しい』

まさにこの一言に尽きる。

 

自分でお金を生み出すのは難しい
それをちゃんと「収益化」して
「継続的に稼ぐ」というのは
とても難しいことだと感じた。

 

詐欺にあうしうまくいかないし
裏切られるし友達は捕まるし
まさにどん底。

 

そんな時に「熊本地震」も発生し
自分の無力さにさらに
押しつぶされそうになった。

 

どうしてうまくいく人と
うまくいかない人がいるんだろう?

 

同じことをやっているのに。。
同じ商品、サービスを
扱っているのに。

 

その”疑問”を解決したい。

『答え』を求めて人に会い続けた。

嫌なこと言われたりもした。

力でねじ伏せようとしてくる人もいた。

女だからってバカにする人もいた。
ホテル連れてこうとする人もいた。

本当に嫌だった。
悔しかった。

(腐った世の中だな。)

もういい。

 

自分で稼ぐ力つけるには
とりあえずなんでもいいから
フルコミだ!

 

「フルコミの会社に行こう。」

 

そう思っていたときだった。

 

そんな
今世紀最大のどん底の中で
一人の経営者と出会った。

 

まさに、
冒頭で話している
同い年の経営者と
出会ったわけだ。

 

正直、
最初はあまり期待していなかった。
これだけ会ってきて見つからない。

 

セミナー行ってもわからない。

だけどそこで彼に言われた、

『稼げるノウハウ、
ビジネスモデルは溢れてる

ただ、それを使いこなせる
自分にならなければ
どんな武器を持っても意味がない

世の中やビジネスの
“本質”や“原理原則”を
知り、ビジネス知識や
ビジネススキルを
身につけなければ
何をやっても
うまくいかない

時間の無駄』

 

・・・『納得』

この一言しかなかった。

何もわかっていなかった。

 

とてもシンプルだ。

 

同い年だが知識も経験も
今まで会ってきた人以上に豊富で、
すごいのに気さくで
面白くて魅力的。

 

「「この人についていく!」」

今までも尊敬する人はいたが

「「この人みたいになりたい」」

と思ったのは初めてだった。

 

そこからようやく
本当のスタートを切れた。

 

だいぶ遠回りをしたけど、
本当の自分を知ることで

 

自分がしたいことはなんなのか?

どういう生き方をしたいのか?

 

 

人生について、
”本物のビジネス”について
わかることができた。

 

しっかり学び考えて
これからも
どんどん学び成長していこう

 

知識こそ最強の武器であり財産。

目に見えないものを
大切にして生きよう。

 

あなたはビジネスをする上で
ちゃんとビジネスの”ルール”は
理解してますか?

 

ビジネスを進めていく上で
いくつ”戦略”を知ってますか?

 

自分自身の”価値”を
使いこなせてますか?

 

素敵な商品やサービス、あなたの
”正しい魅せ方””正しい伝え方”
はちゃんと知っていますか?

 

あなたは「何者」ですか?

そして現在私は、

 

自身のモデルやDJの経験や
テレビ局勤務時代の経験や視点を活かし
IT、広告事業に携わってます。

 

「インターネット」をつかって
「魅力的な商品やサービス」
「魅力的な人物」を
「プロデュース」。
「知名度」を上げ「有名」にし
「お客様」へ「価値を届ける」
お手伝いをしています。

 

また、教育事業では

 

ビジネスの基本的な
”知識””スキル”を学び

「個人で稼ぐ」ための力を身につけ
「雇用」「会社」という「依存」
から抜け出し

 

「本当の自由」を手に入れる
「自己選択」できる個人になる

「稼げるビジネスモデル」ではなく
「何をしても稼ぎ続けれる自分」へ。

「個人で稼ぐことのできる個を育てる」

ということを理念に
教育事業に取り組んでます。

世の中にはいろんな組織がある。
情報弱者を狙った
悪い大人がたくさんいる。
詐欺師も悪い組織もたくさんある。

そんな悪い大人に騙されないよう
ビジネスのアドバイザーを行ってます。

今までの自分の経験や知識が
少しでも誰かのためになったら幸せです。

ダメダメだった私。
どうしようもできないくらい
クズだった。

そんな私でも
人に希望や夢、感動を与え
感謝をいただくことができた。

人の成長を
そばで見ることができる。

「由真さんに出会えて
本当に良かったです」

そう言ってもらえることが
私の幸せです。

みんながいてくれてこそ
私が私でいれます。

支えてくれる皆さんに感謝。

みんな平等に
輝く権利を持っている。

その権利を
最大限に引き出します。

そしてその権利を
使いこなせる人間になろう

 

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人生という理想の物語の構築。
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心を幸せに。
ゆるぎない人生を

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